前回の続き

 

私の必死の叫び声にやっと気づいてくれたガイドさんに、これまた必死でこっちへ来てくれ、上上!!あれ!あれ!!とジェスチャーをする。
叫び声の時点で何かあったことに気が付いていたガイドさんは、周りの他のメンバーにすぐに浮上するようにハンドシグナルを出すと、これまたすごい勢いで浮上していった。
私は、既に彼の姿を見失っていたが、どうやらガイドさんは見つけていたらしく、一直線に向かっていく。

そうなると私が次に考えなければならないのは、相方と自分、そしてそれ以外のメンバーの安全だ。彼のことはガイドさんに任せておくしかない。
多分だけどこのメンバーの中でレスキューダイバーの資格を持っているのは私だけだろうから、ガイドさんが手一杯になったら次は私がみんなをサポートしなければならない。
我々まで危険を冒して急浮上する必要もないと考え、どうしたらいいかわからず戸惑っている相方を連れて、ガイドさんから離れすぎないように、けれど5mくらいの深度を保ちながらついていく。まわりの二人もなんとなくガイドさんについていくが、二人は早々に水面に顔を出していた。
一応ダイコンも、安全停止をしろと言ってるので、教科書的にはこの緊急事態には即浮上が正しいのかもしれないが、視界もよくガイドさんの位置も捕捉できているのでムリに急浮上することもないだろうと判断した。ガイドさんは時々水中をのぞいて早く浮上して!と合図を送ってくるが、慌てているフリであわわわ浮上しますよ…というころにはダイコンの安全停止の表示も消えていた。

 

水面に浮上すると、わかっていたことだが結構波が高い。
ガイドさんと、先に急浮上した彼もすぐ近くにいるのだが、波の向こうに時折隠れてしまう。
相方と自分のBCにエアを入れて浮力確保をし、他のメンバーにも気を配りつつみんなでガイドさんの近くに向かうと、ちょうどフロートが上がるところであった。

 

フロートを見た船長が異常に気付いてすぐにピックしに来てくれて我々は船上の人となった。ダイコンが示していたダイブタイムは10分。
ガイドさんが船長に、何分たちました?と聞くと、20分は経ってるねぇとのお返事。
そうですよね…と、いうことで再エントリーする時間もとれないため、我々の2本目はそこで終了となったのである。

 

◆◆◆

さて。
船に上がったところ、件の彼はもう船べりに寄りかかってぐったりしている。
水深20mからの急浮上というものがどの程度体に影響を与えるのか私は未経験だが、どう見てもしんどそうだ。

一緒に浮上したその彼女も、どうも調子が悪いのか(もともと愛想はなかったから調子が悪かったのか機嫌が悪かったのかはわからない)、彼に一切の言葉どころか、視線をやることもなく全くの無表情だ。

相方と私は、急浮上といっても少しの安全停止もしているのでそれほど影響はなかったが、もう一人の女性は、さすがにあの急浮上で頭が痛くて…と調子が悪そうながらも、さすがに笑顔であった。

 

ガイドさんが彼を介抱し、落ち着かせると、こちらにも様子を見に来てくれた。

皆さん大丈夫ですか?

はい、私たちは大丈夫です。彼はどうしたんですか?

 

ガイドさんは少し言いにくそうに、

レギュに水が入ったらしいです。

と、答えてくれた。

 

◆◆◆

 

ショップに戻り、ログをつけている際も、謎の二人組は会話もなく笑顔もなく(さすがにここではしょうがないかもしれないけど)、一緒に潜ったみんなでログブックに一言メッセージを…という段になっても私関係ありませんからと言わんばかりに右から来たログブックを開きもせずに左へ渡す二人。もちろん彼女は自分のログブックも手放さないし、彼に至ってはそもそもログブックを所持していなかった。

経験本数制限のあるこの海に、ログブックを持たないダイバーが潜っているというのは、どういうことなのだろう。自己申告を信じたのか、それともちょうどページがなくなってしまったのか、どうなのか。
ここは、思うところもなくはないが、あえて深くは触れないことにしておく。

 

ただ、その彼は、私のログブックにだけは、反応してくれた。
何か書いていたので、ありがとうございましたとか書いてあるのかなと思いきや。

あとで見てみたら

 

お疲れさまでした

 

と、書いてあった。

うーむむむ???

わしら10分しか潜ってないから大して疲れてないよ(笑)

むしろそちらの方がお疲れ様でした、だったんでは。

ログブックを持たない彼に、大変でしたけどこれに懲りずまた潜りましょうね、なんていう優しい言葉をかけてあげることもままならず、我々は次の海へと向かったのであった。

 

道中、彼らのことをさんざん話のネタにさせていただいたことは言うまでもない(笑)

 

◆◆◆

 

さて、今回のことでわかったこと。

 

海の中では異常を知らせるときはブザーなんかよりも必死の叫び声の方がよほど効果がある。
ブザーは思ったほど聞こえないみたいだ。もちろん、ならし方の上手い下手もありそうだけど。(後日うまく鳴らすコツをつかんだら結構ちゃんと鳴ったけど。でも非常事態の時は叫んだ方が早いし、緊急であることが伝わりやすいと思った)

 

経験本数制限なんていうのも、それほど意味のあるものではないのかもしれないということ。
もうすぐ100本を迎える私だけれど、100本くらいではようやく少し落ち着いてきたかなくらいで、まだまだ全然であることは、自分が一番よくわかっている。そんな中で、経験本数二桁前半、、、なんて言うのはたしかに安全という意味では少し敷居が低すぎるのではないかな、と、、は、、、思う。

 

ではあるが、しかしながらダイビングセンターとしても商売だから、そこまで厳しくするわけにもいかないということは、理解できないことではないし、安全管理をしっかりすればよいとも思う。
ただ、経験本数二桁前半くらいという時期が、ダイバーとしてはセンスがあってうまい人とそうでない人のスキルの幅が一番大きくて、引率者側としては最も注意しなければいけないところなんだろうなということは、感じる。

 

 

◆◆◆

 

しかし改めて思う。

 

威張るわけでは決してないのだけれど、私が相方だけを見ていて、パーティの最後にいなかったら。

想像するとぞっとする。

 

彼は明らかにメンバーから遅れていて、私がいなければ、列の最後尾で異変に見舞われたことになる。
散々鳴らしたブザーも聞こえないくらいの海の中のことだ。まず間違いなくタイムリーに気づかれることなく、彼は一人で水面まで急浮上したことだろう。彼がいないことに他のメンバーが気付いた頃には、既にどこにいるのかもわからなくなっていたはずだ。

3分ルールに従って周りを探し、浮上するか、ガイドさんがいるから通ってきたルートを戻っていくことになるのかもしれないが、その時には彼はすでに浮上してしまっていて、運が悪ければ全く予想のつかない方向に流されてしまっている可能性も低くはない。
そもそもその海域はそれなりに波も流れもあり、水面に浮かんでいる状態からでは一つの波の向こうも見えなくなるような海域だ。たった5m先であっても、波の向こうであれば見えなくなってしまうのだ。
この非常に見通しの悪い水面で、どこにいるのかわからない彼を水面から捜索して見つけるのは、よほどの幸運でない限りは不可能なのではないかと思われる。
そんな状況で、助かる確率を上げるには、まず浮力確保をし、次にフロートを立てて自分の位置を遠くまで見えるようにすることだ。そうすれば水面からは無理でも常に周りに気を配って待機している船長が気付いてくれる可能性が飛躍的に上がる。
(あとで別のガイドさんに聞いた話では、だからここの海のダイビング船は必ずデッキが2階建てなんだとか。水面に浮いてきてしまったダイバーを発見しやすいから)

 

しかし、先に書いた状況の中で、ガイドさんが彼を発見し視認したときには、既に彼は水面でレギュを外していたそうで、その状況であったのならば、彼が自分でしっかりとBCで浮力確保をする余裕があったとも考えにくい。

水面であっても、浮力確保されておらずレギュもシュノーケルを咥えていない状態は、明らかに遭難者とみなされてもいい状況だ。ガイドさんはレギュを外している彼を見て、こりゃまずい、とさらに緊急性の高さを感じたといっていた。

水面に上がっただけで助かったと思ってしまい、レギュも外してしまうほど余裕のない彼が、仲間からはぐれて一人水面に浮上したところで、自らフロートを立てて自分の位置を知らせることができたかとは、どうにも思いにくい。

 

それこそ船に戻ったダイバー全員と船長とでの大捜索ということになるのだろう。

流れもあるのだから捜索にどのくらい時間がかかるのかもわからない。
その間、レギュを加えることも忘れてしまった彼がどのくらい消耗するのか…
むしろどのくらい呼吸をしていられるのか…

 

決して威張るわけではない。

決して威張るわけではないのだけれど!

 

今回は、たまたま、私が、一番後ろにいて、すぐに対応できたからこれで済んでいたけれど、そうでなければ、「おつかれさまでした」では済まなかったんだよ、ということ、理解してくれているのだろうか。。

 

ログブックも持たない彼が、これで少しはダイビングというものに向き合う気持ちを変えてくれるのだろうか。
これからも楽しくダイビングをしてくれるのだろうか?

私はそこが一番気がかりなのだ。。。

 

◆◆◆

 

海は素晴らしいが、私たちだけのためにあるものではない。
私たちは、海のその素晴らしさを、享受させてもらうためにある程度以上のリスクを冒しているのだということ、忘れてはいけない。

 

そのためのバディシステムであったり、ログブックであったり。
一緒に潜る仲間は命を預け合う仲間であることであったり。

改めて考えさせられる事件だった。

 

ログは、わずか10分だったけれど、私にとっては、とても実りのあるログとなったのだった。